19世紀後半ロシアは植民を行い、
露米会社が
アザラシなど海洋動物の
毛皮を採集していたが、運送費がかさむこと、乱獲による海洋動物の激減により毛皮事業がなりたたなくなってきたこと、
クリミア戦争後の財政難などの理由による資金調達のため、
1867年にクリミア戦争の中立国であった
アメリカ合衆国に720万
ドル(1
km?あたり5ドル・計約100億円)で売却された(
アラスカ購入)。この交渉をまとめたのは
国務長官であった
ウィリアム・H・スワードである。このことは当時のアメリカ国民から「スワードの愚行」「巨大な
冷蔵庫を買った男」などと非難されたが、その後豊富な資源が見つかったり、アラスカが(主に旧ソ連に対する)国防上重要な役割を果たすことが分かり、現在では高く評価されている。