源氏物語の多くの巻名のほとんどが本文中にある言葉(特に歌の中にある言葉)から取られているのに対してこの「夢浮橋」という言葉は本文中に見られない言葉である
[本巻の本文中に「夢」の語は4例現れるが「夢浮橋」と続くものはない。]。藤原定家の古注釈『源氏物語
奥入』では出典未詳の古歌「世の中は夢の渡りの浮橋かうちわたりつつものをこそ思へ」に関連するとしている。なお、本帖は「法の師」という異名で呼ばれることがあるが、この「法の師」という言葉は本帖中の薫の歌のなかに存在している。
例外はあるにせよ、源氏物語の多くの巻がストーリー上のそれなりの区切りと見られるところで終わっていることが多いにもかかわらず、この巻は源氏物語の最終巻の終わり、つまり源氏物語全体の終わりであるにもかかわらず特にストーリー上の区切りでも何でもないところでいきなり終わっているように見えるために「終わることなく終わりを告げる」等と評されており、作者が構想通りここで完結するように書き進められてきて予定通り完結させたのか、それとももっと先まで書き進める構想はあったが何らかの事情でここで中断してしまったのか議論になることがある。また、これに関連してこの巻が「とぞ本にはべめる」(と本に書いてある)という独特の終わり方をしている点も注目されることがある。物語の終わり方がどのようであるべきかについて、現代人から見てこのような終わり方が不自然に思えたとしてもそれが直ちにこの物語が作られた時代においても不自然であったとは言えないものの、
鎌倉時代から
室町時代にかけて
山路の露や
雲隠六帖といった本帖の続編がいくつか描かれたことは、この当時の人々にとってもこのような終わり方は不満足に感じられたことの根拠にしてよいのではないかとされている。
薫は
比叡山の奥・横川(よかわ)を訪ね、小野で出家した女について僧都に詳しく尋ねた。「その女は
浮舟に違いない」と確信した薫は夢のような気がして涙を落とした。その様子を見て、僧都は浮舟を出家させたことを後悔した。薫は僧都に浮舟のいる小野への案内を頼むが僧都は「今は難しいが来月なら御案内しましょう」と述べる。薫は浮舟への口添え文を僧都に懇願して書いてもらう。
翌日、薫の使者として 浮舟の異父弟・小君が小野を訪れた。朝早くに僧都から前日の事情を知らせる文が届いており、妹尼たちが浮舟の素性に驚いていたところだった。小君が持参した僧都の文には、薫との復縁と
還俗の勧めをほのめかしてあった。簾越しに異父弟の姿を見た浮舟は動揺するが、結局は心を崩さず、妹尼のとりなしにも応ぜず、小君との対面も拒み、薫の文にも「(宛先が)人違いだったらいけない」と言って受け取ろうとしなかった。むなしく帰京した小君から「対面できず、お返事も下さらなかった」と聞いた薫は(自分が浮舟を宇治に隠していたように)「他の誰かが浮舟を小野に隠しているのではないか」と思うのだった。