例えば佐治に名指しされた仙台では、市内最大の
歓楽街・
国分町や、市内の
酒屋の店頭から、サントリー製品が完全に撤去されたと言われる。300本以上の
抗議電話が殺到したサントリー仙台支店は対応に追われ、まれに励ましの電話を受けると女性社員が感動して泣き出したという
[朝日新聞 1988年3月5日付朝刊 P.3 総合面]。
都道府県別の
ウイスキーの消費量の1位は
東京都で2位は
宮城県だが、一人当たり消費量では宮城県が日本一である。この宮城県を敵に回した事で、サントリーは大打撃を受けた。一方で、
仙台市ニッカ1番地
[現在の住所は、仙台市青葉区ニッカ1番地。旧宮城町。]に
工場を持つ
ニッカウヰスキーは、地元産品としての地位を再確認され、更に同社製品の質の高さが認識され、大いに業績が伸びた。
また熊襲と蝦夷を混同し低劣な差別発言を行った佐治に対し、反発するのではなく「アホはどっちか」「文化程度が極めて低いのはむしろ関西やサントリー」などと反対に蔑視・嘲笑する者も多かった。