たしかに、
虐待などがあった場合、それは子供の精神的な歪みにつながる可能性があるが、久徳が指摘する「母原病」はそのような特殊なケースではなく、一般的なレベルでの「甘やかし」であるとか、「愛情不足」であるといったもののことを言う。しかし、仮にそうであったとしても、なぜそれが「母」でなければならないのかという疑問が残る。それならば
父子家庭の子供は必ず母原病にかかるのだろうか。また、
凶悪犯罪を起こした
少年の母親はそんなにも他の子供の母親と違っているだろうか。さらに、
虐待まで対象に含めるとしても、それは母親だけの問題とは限らないはずである。
結局は、「子育ては母親の仕事」とされていた時代に、たまたま問題を起こした子供の母親だけを見て、久徳自身が男性の立場からそれを判じたのではないか、という批判がある。
一方で、先述の、
虐待などが子供の精神的な歪みを引き起こすケースについては、現在、
アダルトチルドレンという概念に深く関わるものとして、広い分野で問題にされている。そういったケースに深く注目していなかったとしても、親が子供の
病理であるという久徳の指摘は、
アダルトチルドレンの概念がまだ伝わっていなかった当時の日本においては、斬新かつ重要な問題提起であったと評価する声も多い。