復権した源氏は
内大臣に昇進、斎宮を養女に迎えて
後宮政治に乗り出し、実の子である11歳の
冷泉帝の元へ
女御として入内させた。その一方で女御への興味も強く持っていたが(「
絵合」)、女御は母の恋人であった源氏が近寄る事を厭い、源氏自身も亡き御息所の遺言で強く諌められていたため、未練を抱きつつもあくまで後見役に徹した。また女御は源氏の妻
紫の上とも親交を持ち、同じ邸内に住むようになってからは親しい友人のような関係を続けた。
彼女の呼称「
秋好中宮」は後世の読者につけられたもので、源氏が彼女に言い寄る口実に「あなたは春と秋のどちらがお好きか」と尋ねた際(「
薄雲」)、「母御息所の亡くなった秋に惹かれる」と答えた事に由来する。また源氏はこれに案を得て、四つの町からなる広大な邸宅(
六条院)を造営し、秋好のために亡き御息所の邸跡の西南の町に秋の風物を配して彼女の里邸(里下がり時の邸)に用意した。一方春を好む紫の上は隣の東南の春の町に住まい、紫の上と秋好は六条院の春の主と秋の主として、春秋の優劣を競う風流な挑み合いを繰り広げた(「
少女」「
胡蝶」)。